ユニ・チャームのCDPトリプルA取得への歩み
ESG経営の実践と評価スコアの向上
CDPのトリプルAリスト入りを果たすには、何が必要なのでしょうか。2024年、日本の衛生用品メーカーであるユニ・チャーム株式会社は、初めてCDPからトリプルAの評価を獲得しました。 2019年当時、ユニ・チャームのCDPスコアは気候変動が「B」、フォレストが「B」、ウォーターが「B–」と、いずれも中程度の評価にとどまっていました。
そこからわずか5年でトリプルAを達成するまでに、同社はESGの原則を深く理解し、企業戦略や経営全体に統合することで、全社的な取り組みを展開していきました。
ユニ・チャームの経験から得られる最大の教訓は、「CDPに回答すること」が目的ではないということです。真の目的は、ESGを通じて企業の内側から変革を促すことであり、CDPの評価はその進捗を示すひとつにすぎません。
ユニ・チャームが環境情報開示におけるリーダーシップを確立するまでの取り組みをご紹介します。
ユニ・チャームの取り組み
2020年、ユニ・チャームはそれまで社内で分散していたESG関連機能を集約し、専任のESG推進部門を新設しました。この部門は上田健次氏をリーダーとして発足し、全社的かつ統一的なESG戦略の推進体制が整いました。これにより、持続可能性への取り組みをより一貫性のある形で推進できる基盤が築かれました。
同年には、中長期的なビジョンである「Kyo-sei Life Vision 2030」も策定されました。このビジョンはCDPの評価基準を反映し、社員一人ひとりが日々の業務の中で実践可能な行動目標へと落とし込まれたものです。ESG方針と個々の業務を結びつけることで、全社員がビジョンに参加するための明確な道筋が描かれました。
ユニ・チャームはまた、ESG活動を単なるスコア向上の手段とはせず、事業成長のための戦略と位置づけました。たとえば環境負荷の低減は、原材料やエネルギーの使用削減にもつながり、結果としてコスト削減効果も生み出します。初期投資が一時的にコストを押し上げたとしても、長期的には費用対効果の高い取り組みであると実証されました。この考え方は、経営層から現場まで全社的に丁寧に共有され、データに基づいた説得力のある対話を通じて浸透していきました。
CDPスコアのさらなる向上に向けて、ユニ・チャームは各質問の構造や意図を深く理解することに注力しました。上田氏自身が全ての設問と回答内容を確認し、日本語訳と英語原文の両方を精査することで、翻訳による誤解を防ぎました。また、すべての回答が経営の視点から妥当かつ整合的であるよう、経営レベルでのチェック体制も構築されました。
CDPへの対応には、排出量、水使用量、森林由来資源の調達状況など、さまざまな定量データの収集と分析が求められます。ユニ・チャームはこれらを単なる報告項目としてではなく、経営資源として積極的に活用しました。たとえば、規模の近い海外工場同士を比較することで、エネルギー効率や排出量の差異が可視化され、現場での改善意識が高まりました。このような改善のサイクルは、本社と現場が連携して進める共通のプロセスとなり、継続的な改善文化として定着していきました。
成功の要因
ユニ・チャームの成功を支えた要因はいくつかあります。まず挙げられるのが、経営トップの強いコミットメントです。上田氏をはじめとする経営陣が、開示の責任を自ら引き受け、全社的な方向性を示しました。また、「目的」と「手段」を明確に区別したことも重要です。CDPスコアは目標ではなく、ESG経営を真に実践した結果として現れる”成果”であるという意識が社内に根づいていました。さらに、CDPに関する社員教育を粘り強く行い、社員一人ひとりがESGを“自分ごと”として捉えるようになりました。論理的かつデータに基づく提案により、社内の合意形成もスムーズに進みました。
このような変革を持続可能なものにするには、全社員が自分の業務とESGのつながりを理解し、自ら行動を起こせる環境を整える必要があります。さらに、国際的な開示基準との整合性を保つには、英語原文を正しく理解する力と、グローバルで一貫性のある開示体制の構築が不可欠です。
ユニ・チャームの歩みは、「CDPスコア トリプルA」獲得はスコアを追いかけた結果ではなく、ESGを経営の中核に据えた取り組みの“自然な成果”であることを明確に示しています。ガバナンスの強化、事業戦略との統合、現場の巻き込み、そしてデータ活用を通じて、同社はわずか5年で国際的な評価を大きく高めることに成功しました。
高いCDPスコアは、企業価値の持続的向上に向けた旅路の「最終ゴール」ではなく、その通過点にすぎません。これからも、社内外で誠実かつ一貫した姿勢を保ちながら、ESG経営を進化させていくことが求められます。
